苦いくちびるにごはんつぶ

衣食住の優しさ、苦しさ、それに魔法をかけること

遊ぶのが下手なわたしたちのラブホ女子会事情

かつてわたしが、ロクに授業にも出ず大学の池を眺めてばかりいた頃、「彼女」からとつぜん妙な電話がかかってきた。

 

「もしもし、いま新宿にいる。実はいろいろあって、ホテルから逃げてきて……。ごめん今日、泊めてくれたりしない?」

 

このSOSが、わたしたちの関係の風向きを、まるごと明るい方へ導いてくれることになるのである。

 

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はじめに断っておくが、彼女は恋愛にだらしないどころか潔癖ですらある。誰よりも心の優しい、繊細な女の子だ。生真面目なあまり人に気を遣いすぎる傾向がある。だからこそ人間関係の果ての果てまで、傷だらけになりながら、ひとりで突っ走ってしまうような女の子だ。それでその日も例によって、(心を)傷だらけにし、朝イチでホテルの部屋を飛び出してしばらく新宿をさまよい歩いたらしかった。そして、意を決して、わたしの部屋に逃げ込んでくれたのだった。彼女には「好きに書いていいよ! 」と言われているが、詳しくは書かないことにする。ただ、そういう類のことが起きた。

その通称「歌舞伎町・早朝ダッシュ事件」から数ヶ月が過ぎた頃、彼女が唐突に、ラブホ女子会をしたい、と言い出した。
なんでも早朝ダッシュ事件以来、新宿の特に歌舞伎町のちかくを通ると胸が痛いのだという。それで、「ウカと思い切りハメを外して、楽しい思い出で上書きしたい」ということだった。
そんなの、もちろん「乗った! 」に決まってる! むしろサイコーに決まってる! 詳細も訊かずにOKした。約束するとたちまち高揚し、なんどもなんども「もうすぐラブホ女子会だよ覚えてるよね、楽しみだねあははどうしよう予約しちゃったね、もう明日だよどうする?!あははどうする?」と連絡を交わし合った。彼女とは、日常的にあまり会えない距離に住んでいるのだ。

そういうわけで、ラブホ女子会、名付けて「サブカルクソ女女子会」を決行した。(こちらは用意していただいたハニートースト!)

 

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場所はホテルバリアン 新宿アイランド店。バリアンはカラオケパセラのグループが経営している、バリ島のホテルを連想させる豪華なリゾート施設......を模した、ラブホテルである。

 

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新宿アイランド店 | ホテルバリアンリゾート


お恥ずかしいことに、わたしは彼女に任せっきりにしてしまっていて、こちらのホテルについて上記のような情報しか持ち合わせていなかったのだけれど、着いた途端、自然に歓声が漏れた。なにここ?!

 

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まず、ラブホテル特有の、ほのかに後ろ暗いような雰囲気が皆無だった。明るいリゾート施設そのもの。ボーイさんたちも変にこちらを気遣って隠れるようなことがないばかりか、ほんとうに丁寧で感動した。ラブホ女子会プランには、岩盤浴や足湯やお酒やハニートーストなどの料金が全部組み込まれてあって、実質遊び放題のような状態だった(※一部制約はあったけれど)。

 

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実は当日、彼女と雨の降りだしそうな新宿駅で落ち合ったときは、なんだかお互い照れ臭くなってしまって、カラッカラに乾いた笑いを交わし合った。えーあはは本当に来ちゃったよどうしよ...?

けれどそんな緊張みたいなものも、施設があまりに現実離れしているのですぐに吹き飛んでしまった。わたしたちはよく飲んでよく食べ、ドクターフィッシュのいる足湯に浸かり、くすぐったくてひいひい笑った。彼女と煙草を交換して(彼女は愛煙家で、美味しい煙草をたくさん知ってるの! わたしはチェリーの煙草をすすめた🍒)、天蓋付きのベッドの端と端に横たわって、「あのとき死ななくてよかったね」とつぶやいた。ひとしきり遊んでみて、ついにこの日の本来の目的が、持ち上がってきた。

「深夜の歌舞伎町、散歩しよう?」

彼女は、「夜〜朝の歌舞伎町=つらく苦しい」という方程式を破る必要があった。それで、酔いも手伝って、若気の至りですから良いですよねえということになって、わたしたちは、夢のリゾート地を後にした。

 

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現実の歌舞伎町は、小雨で物悲しかった。わたしたちは怖いお兄さんたちから距離をとりつつ、でたらめに歩き回った。散歩は精神にいいんです。とにかくでたらめに歩きましょう。これはわたしの信条である。

普段は一人になりたいときは一人で何時間でも外を歩くのだけれど、彼女と二人だと心強くて、もちろん精神にも良かった。朝の4時を回っていたのに、彼女が「お腹減った」と言う。それでもう後に引けないどうにでもなれという気持ちで、天下一品の暖簾をくぐった。

 

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わたしたちは「あーあ、生きててよかったね」と笑いながらラーメンを完食した。そして部屋に帰って、生クリームのぐちゃぐちゃになったハニートーストの残りをつつきながら、「一生こうして馬鹿で贅沢で楽しいことしよう、絶対ね、絶対楽しく暮らそう」と誓った。

 

わたしたち、もう何年の付き合いになるだろう。カラ元気の優等生同士、そのレッテルから抜け出したい者同士だった。だというのに遊ぶのがあまりに下手くそで、いわゆる「非行」に走れるようなわたしたちではなかったので、放課後カフェやレストランに行って、傷を舐め合いながらたくさん食べた。砂糖と脂たっぷりのドーナツ、可愛いパフェ、山盛りのパスタ、こってりしたラーメン。けれど夜になればおとなしくお家に帰った。二人とも外泊を良しとしないような、ピカピカの優等生一家の長女で、実家を出るまではそのルールに従っていた。なにより彼女はパーソナルスペースが広い方なので、一緒に上京してきてからも、あまり泊まりがけで遊ぶようなことはなかったのだ。

 

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それがお互いの恋愛沙汰で助け合ううちにほんとうの意味で打ち解けて、ラブホテルで、こうしてベッドの端と端に、寝転んでいるではないか。わたしたちがどこかでずっと憧れていた、要領が良くてしたたかでまぶしい女の子たちがやりそうなこと、キラキラ発光している女の子たちがやりそうなこと。

その日彼女と話したことは、ぼんやりとしか思い出せない。わたしは宝石のような夜ほど、その場に酔ってしまって忘れてしまうのだ。つまりあれは、間違いなく宝石のような夜だった。とりあえず少なくとも、「わたしたち、もう傷の舐め合いしなくなったね」という確認をして、ひどく安心したことを覚えている。安心して、また少し酔った。そういうところがいかにも「優等生」らしくて笑ってしまう。不器用なくせに呆れるくらい単純で、きっと心の底では「わるい子」になるつもりなんて少しもなくて、どこまでも「いい子」なわたしたちらしくて、寝付くまでクスクス笑っていた。